友だちだから



 ぼくんちのとなりに住んでいるアキラは、チビでガリで泣き虫なやつ。
 ぼくより二つ下だから、この春一年生になったばかり。
「コウちゃん、いっしょに学校へ行ってやってね」なんて、アキラんちのおばさんに
たのまれちゃったから、しかたなく毎朝いっしょに登校している。
 しかたなくっていうのは、ちょっとめんどくさいから。
 小さいころからよく遊んだし、別にアキラのことはきらいじゃないけれど。
 めんどくさいってほかに、少しはずかしいってこともある。
 何がはずかしいって、アキラといっしょに歩いていると、みんなにじろじろ見られ
ること。なんで見られるのかっていうと、アキラの歩き方がへんだから。

 アキラは左足を少しひきずっている。
 だから、ひょこたんひょこたん、ていう歩き方になる。
 ぼくはもうなれたけど、やっぱり最初に見たときは、へんだなあって思ったもんな。
 おかあさんに、どうしてって聞いたら、生まれつきの病気なんだって。
 だからあいつと遊ぶのは、いつも家の中だったけど、けっこう楽しかった。折り紙
したり、ゲームしたり、絵をかいたりするのに足が悪いことなんて関係なかったし、
なによりアキラはいいやつだった。 
 おっとりしてて、いつもにこにこしてて、絶対おこらないやつなんだ。
 ちょっと泣き虫だけどさ。
 ぼくたちは仲がよかった、ほんとうに。


 だけどいっしょに学校に行くようになってから、友だちがぼくにいろいろ言ってくる。

「あいつだれ? あのへんな歩き方のやつ」

 ぼくが説明すると、
「へえ〜、たいへんだな」とか、「さいなんだな」とか言う。
 クラスの女子は、「鈴木くんてえらいんだね」なんて言う。

 朝いっしょに登校することが、そんなにたいへんかな? たしかにアキラは歩くのが
おそくて、ぼくはゆっくり合わせたりもするけどさ。
 それにアキラといっしょにいることは、さいなんなのかな? 
 ぼくはえらいやつなのか? 
 ぼくはよくわからなかったので、「べつに」とか答えていた。
 でもほんとは心の中で、なんかちがうのにな、と思っていた。


 ある日、ぼくは日直で、早く行かなきゃならない日があった。
 家を出てから気がついて、ぼくはアキラに言った。
「ぼく日直だから、先にいくな」
 アキラはえっ?と、不安そうな顔をした。
「もう学校までの道、わかるだろ?」
「う、うん…。でもぼくもいっしょに急いでいくよ」
「むりだよ。ぼく走るからな」
 ぼくは走り出した。途中でふとふり返ると、アキラが走ってついてくる。顔をまっか
にして、ひょこたんひょこたんて、からだを左右にゆらしながら。
 ぼくはためいきをついて立ち止まった。けっきょく、アキラといっしょに行った。
 学校につくと、日直なのにどうして早めに来なかったんだと、先生におこられた。
 ぼくは、わすれてました、と答えた。
 先生にこつんと軽く頭をたたかれたとき、ぼくは初めて思ったんだ。
 やっぱりアキラはさいなんかなって。

 帰ってからお母さんにそういったら、お母さんはさらりと答えた。
「あんた、アキラちゃんと遊んでて、楽しいことなかったの?」
「…あったけど」
「じゃあさいなんなんかじゃないでしょ。友だちだったら楽しいこともあるし、いやな
ときもある。それはアキラちゃんだけじゃなくって、ほかの子でもいっしょ」
 それもそうだとぼくは思った。
 クラスで一番仲がいいマサルだって、いいやつだけど、ちょっと強引で乱暴なとこ
はきらいだし。
 ぼくは心を入れかえて、次の日アキラと学校へ行った。


 教室に入るとササキってやつがぼくに言う。
「コウジくん、いつもたいへんですね。ほら、こんなやつのつきそいで」
 アキラの歩き方のまねをした。からだをおおげさに揺らして、手足をぶらぶらさせて。
「あいつ、あやつり人形みたいだな」
 みんな笑ってた。ぼくはむかむかした。
 アキラはあやつり人形なんかじゃない! ぼくはつきそいなんかじゃない!
 でも何もいえなかった。
 言いたいことがたくさん、のどの奥にふさがっていた。


 帰り道、ぐうぜんアキラと会った。
「あ、コウちゃん。今日いっしょにぼくんちで遊ばない?」
 アキラに言われて、久しぶりに遊んでやろうかな、と思った。
 さいなんだなんて思って悪かったし。
「いいよ。おまえんち行くよ」
 アキラはにへら〜と、うれしそうな顔をした。ぼくも笑った。
 そのとき後ろから、どやどやとぼくのクラスメイトたちが走ってきたんだ。
「コウジ、公園で野球するからおまえもこいよ」
 仲良しのマサルがいった。
 え、と思ってぼくはアキラを見た。アキラもぼくを見る。
 いっしゅん迷ったけど、ぼくはこう答えていた。
「わかった。きんぎょ公園だよな」
 だって、すごくいい天気だったんだ。こんな日に外で遊ばないともったいない。
 それにマサルは強引で、断ったりしたらすぐおこるんだ。

 クラスの連中が行ってしまってから、ぼくは言った。
「ごめん。アキラんちはまた今度な」
 アキラは答えずに下を向いた。そして鼻をすすりだした。
「ぼくと遊ぶって言ったのに」

 めそめそめそめそ、ぐずぐずぐずぐず……。

 あーうっとうしい。こんなやつのめんどうなんか、見たくない。
 だってぼくは野球がしたかったんだ。たしかにアキラとの約束のほうが、先だった
けどさあ。ちゃんとごめんて言ったんだし……。
「すぐにめそめそするなよ。泣き虫」
 ぼくはなんだかイライラして、走ってにげた。
 少ししてふり向くと、アキラは追いかけてこなかった。さびしそうに、しょぼしょぼ
と歩いていた。

 その日の野球は、なんだかおもしろくなかった。青い空はきれいで、風はさわやか
で、野球ももりあがっていた。だけど、ちっとも楽しくなかった。
 しょんぼり歩くアキラの姿を、ずっと思い返していた。


 次の日の朝、アキラは何ごともなかったように、にこにこして、
「おはようコウちゃん」と言った。その顔を見たら、きのうのもやもやが吹き飛んだ。
「きのうはごめん」というかわりに、
「今日、アキラのうちで遊ぼうか」とぼくは言った。
 アキラはもっとにこにこして、「うん」と答えた。


 でも帰り道、またきのうの仲間たちにさそわれたんだ。もちろんマサルもいる。
「今日も野球しようぜ」
 ぼくはまよわなかった。
「今日は行かない。アキラと約束してるから」
「なんだよ。またこのチビのおもりかよ」
「おもりなんかじゃない。いっしょに遊ぶんだ」
 ぼくははっきりそう言った。
「へえー、コウジくんて、いい子ぶりっこですねえ」
 みんながにやにやしてぼくを見た。
 いい子ぶりっ子? 
 なんだか心臓がどきんとした。 
 ぼくはいい子ぶって、アキラと遊ぶのかな?
 
 そこへアキラがやってきた。
「あ、コウちゃん。今日遊べるでしょ」
 だれかがまた、アキラの歩き方のまねをした。
「コウちゃんコウちゃん、遊んでー」
 ぼくは無視してアキラの手をつないで歩き出す。
 みんなはげらげら笑いながら、ぼくのランドセルをびしばしたたいた。
「コウちゃんはやさしいですのう」
「一生そのチビと遊んでろー」
 マサルはそんなこと言わなかったけど、おこったようにぼくを見て、しつこくきい
てきた。
「なんで野球こないんだよ。なんでそんなやつと遊ぶんだよ」
 ぼくはだまっていた。みんなにからかわれたり、ひやかされたり、いじわるなこと
言われたけれど、やっぱりこれでいいんだと思っていたから。
 やがてみんなが走っていってしまっても、マサルだけはぼくたちとならんで歩いて
いた。
 マサルもぼくのこと、いい子ぶってると思ってるんだろうか。そうなんだろうか。


 しばらくして、マサルが言った。
「おまえって、やさしいんだな」
「やさしいんじゃない。友だちだから、遊ぶんだ」
 自分でいってわかった。やっとわかった。
 ボクがアキラといっしょにいるのは、しかたなくでも、たのまれたからでも、いい
子ぶっているのでも、やさしいからでもないんだ。
 友だちだから。
 ずっと前からアキラと友だちだった。
 そしてこれからも。

「へえ」とマサルはぼくを見た。ふしぎそうな顔で。
 ぼくはなんだかくやしくなった。
「アキラは運動はあんまりできないけど、絵はすごくじょうずなんだ。折り紙だって
すごいの作れるんだ。それからぼくたちが習ってないようなむずかしい漢字も、いっ
ぱい知ってるんだ」
 みんな知らないくせに。アキラのいいところ、なんにも知らないくせに。
「へえ」と、もう一度マサルは言った。
 にやにやしていたので、ばかにされてるのかと思った。でもちがった。
「そんなら……」
 マサルは言ったんだ。

「そんならおれも、そいつと友だちになる」
 
 アキラの顔が、ぱっとかがやいた。
 マサルは照れくさそうに、にやにやしてた。
 お日さまはにこにこ笑っていた。
 こんな天気のいい日に家の中で遊んでも、きっとバチは当たらない。
 



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